カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009/12/31

なみだ

気がつけば2009年も今日でおしまい。

最後は「涙」について書こうと思う。

ボクは、趣味が「泣くこと」と言っても過言じゃない程よく泣ける。

そんなボクの息子、コウくんもまたよく泣く。

赤ちゃんだから当たり前だけど。

Conv0024お腹すいた時、うんちやおしっこで気持ち悪い時。

何か不快な時。

眠い時。

お腹が空いた時。

仕事上、幼少時にそんな「泣く」という行為を親に押さえ込まれたり、無視され続けられたコトで、悲しい時に泣いたり、悲しい気持ちを上手に表現出来なくなってしまった子どもにも出会う。

そんな子どもがしっかり気持ちを表現出来るようになるには、大変な努力と時間がかかる。

だからこそ、我が子にはしっかり泣いて育って欲しいと思う。

涙を流して泣く、という最大限の意思表示を多いに使って欲しい。

人は涙を流しながら成長してくんだと思うから。

あまり泣きすぎると父ちゃんもママも困っちゃうけど(^_^;)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、悲しかったり怒ったり痛い涙じゃなくて、嬉し涙や他人の痛みに共感して流す涙って、いつから流せる様になったんだろう。

何だか熱くてジンワリジンワリと流れ落ちてくる。

そんな涙がボクは大好きだ。

そしたら先日、4歳のそらちゃんは、初めてそんな涙を流した。

残念ながらボクはその場に居合わせなかったんだけど。

犬が主人公の映画で、最後に死んでしまう犬を悲しむ女の子の姿を見て、ボロボロと涙を流していたのだという。

犬が死んじゃって可愛そう・・・って言いながら。

ボクが知っている限り、そらちゃんがそんな涙を流したのはこの時が初めて。

そらちゃんがまた一つ成長した瞬間だった。

自分が悲しくて涙を流すコトも大切だけど、人の痛みに共感して涙を流せるって素晴らしいコトだと思う。

Conv0013残すは嬉し涙。

自分のコトだって、他人のコトだって良い。

嬉しくて嬉しくて自然と流れてくる涙。

そらちゃんの、コウくんの、そんな涙の「初」を楽しみにしたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちなみにボクの母親は異常に涙もろい。

テレビでちょっと感動場面があれば、誰よりも先に泣いていた。

人の話を聞いているとすぐに共感し泣いていた。

ずっと昔はそんな母が嫌だった時もあったけれど、いつの日からか、ボクも同じ様にすぐに泣くようになった。

そして、そんな涙もろさは4兄弟全員に受け継がれた様である。

集まって酒を飲むと必ず誰かが泣いている。

弟が泣いていると、兄貴のボクも泣けてくる。

そんな姿を見て別の弟も泣く。

周りから見ると、きっと少し気持ち悪いんだろうけど、そんなコトは関係ない。

気持ちを涙を流しながら表現できるコト、他人の痛みを涙を流しながら共感できるコト。

母から受け継いだ、そんな大切な「涙もろさ」。

ボクたち息子が、母からもらった一番の宝物だと思っている。

そらちゃんやコウくんがそんな宝物を受け継いでくれていますように。

Conv0025二人には、嬉し涙を沢山流せるような人生を歩んで欲しいと思う。

そしてそんな姿を見て、ボクも嬉し涙を流せれば幸せだ。

2010年、嬉し涙を流すほどハッピーな出来事が、我が家にも皆さまにも起きますように・・・。

では良いお年を。

| | コメント (0)

2009/11/09

たい~ん

ん?

車の運転中にふと感じたお尻の違和感。

それは次第に痛みへと変わっていった。

ボクは今、お尻が痛い。

「痔」とかそういう訳ではなくて、お尻の骨が痛いのである。

調べたら痛い場所は、「尾てい骨」と言うらしい。

別に、転んだり、どこかにぶつけたり、重いモノを変な体勢で持ち上げたり、何も心当たりはない。

でも確かに痛くて、特に階段を上がったり、立ち上がる時に痛みを感じる。

筋肉とかじゃなくて骨が・・・痛い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お父さん、しっぽが生えてくるかもしれない・・・。

ボクは、真顔で、そらちゃんに話してみた。

しかし、さすが4歳になったそらちゃん、そんな話は信じてくれない。

でも、痛いってのは伝わった様で、原因について必死に考えてくれた。

で、そらちゃんが考えた結論は・・・

お父さん、うん○いっぱいするからじゃない?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、うん○を我慢する訳にもいかないので、整形外科に本日、通院してきた。

レントゲン撮影の結果・・・

骨には全く異常なし。

痛み止めと湿布をもらって帰ってきた。

注射を打とうか?とも言われたけど、そこまで痛くもないので丁重にお断りした。

てか、お尻に注射なんて怖すぎる。

帰宅後、ネットで調べてみたら、同じような症状の人ってけっこういるみたい。

特に覚えがないのに、突然、尾てい骨が痛み始めたボクみたいな人。

どうやらそれは姿勢によるものらしい。

イスに浅く座って足を前に出して座る人・・・まさしくボクである。

とりあえず姿勢に気をつけながら様子をみようと思う。

あとはうん○の回数か・・・。

※尾てい骨が痛い人には、こちらのサイトがお勧めです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Conv0006 それはそうと、整形外科に貼ってあったお知らせの用紙(。

「たい~ん」に見えて仕方ないんだけどどうですか?

お尻がいたい~ん♪

| | コメント (2)

2009/10/23

感動秘話~完結編?~

4年ぶりにアイツがやってきた。

そらちゃん誕生から2週間後、当初の出産予定日に突如としてボクの体内に発生した小石、そして激痛

診断名は「尿路結石」。

腎臓に出来た小石が、尿路の壁を傷つけながら、膀胱経由で体外を目指すという恐怖の病気。

とにかくどうしようも出来ない「痛み」なのである。

でもそれは、妻の出産の痛みを共有しようという、夫の深い愛情による奇跡だった。

この夏の長男コウくん出産時にも、再び小石を身ごもるという奇跡を期待されていたボク。

残念ながらそれはならなかった

出産報告をした時、何人かは、ボクの体に異変が起きなかったコトを少し残念がっていた。

そんな反応が少し悔しかったボク。

もちろん痛みがこなかったコトには安堵していたけど、ネタ的においしくはなかった。

あれから2か月と少し経った先日の朝、ついに「あの痛み」が再来したという訳。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

突然、襲ってきた脇腹あたりの「痛み」。

まさしくあの日と同じだった。

でも「経験」と「知識」を手にしたボクは慌てない。

あの日も緊急外来に運ばれ、鎮痛剤を打たれたけど、その後の診察では、「とにかく水分を摂って出すしかない」と言われた。

つまり、慌てたって仕方がないコトを知っていた。

トイレでふんばって出そうとしても、正露丸を飲んでも、湿布を貼っても意味がないコトは、4年前に経験済みである。

しかも前回に比べると痛みも若干弱い。

なので、波状的に襲ってくる痛みと、ボクは一人、布団の中で戦うコトに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数時間、朝食もとらずに布団の中で戦うボクの元へ、そらちゃんが何度か様子を見にきた。

お父さん、お腹痛いの?

そう、ココに石が入っているんだよ。

なんで、石食べちゃったの?

食べたくなっちゃったの?

ねぇ、なんで???

そういう訳じゃないんだ、娘よ。

聞いてくれ。

お腹の中には「腎臓」という臓器があって、原因ははっきりしないんだけど・・・痛い!

(ポカーンとするそらちゃん)

お父さん、もう石食べちゃダメだよ。

じゃあ、そら、保育園に行ってくるで。

ち、ちがうんだ・・・痛い・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、そらちゃんは、「お父さんは石を食べちゃった」と誤解したまま保育園へ。

「お父さんが石を食べちゃってお腹が痛くなった」話を先生や友達に話していたそうだ。

まぁいいか(^_^;)

33歳、二児の父親であるボク。

石を食べたくなっても食べないように、これからは気をつけようと思う。

ちなみに、石は排出されるまでに三度の痛みを伴うと、前回の診察時に聞いた。

尿路が細い腎臓周辺通過時、膀胱周辺通過時、排尿時の三度らしい。

しかし前回同様、腎臓辺りの痛みだけで、残り2回の痛みはないまま、昼から普通に出勤したボク。

それから数日間、何となく膀胱辺りに違和感はあったけど、大きな痛みに襲われるコトなく現在に至っている。

石が小さかったので、知らないうちに排出された・・・そう信じたい。

それはそうと、時期はズレたけど、「子どもの出産時に合わせて石を身ごもる」という奇跡を、微妙だけど今回も成し遂げた。

それとも、これから先は出産に関係なく、オリンピックの様に4年に一度、やってくるのか?!

4年後のこの時期に期待していて下さい・・・。

以上、二人目の石(石次郎)を身ごもった夫の話でした。

| | コメント (0)

2009/10/14

先輩との縁~後編~

卒業後、ボクは計画通り、ほぼ無計画の旅に出た。

計画なんて、本当にあって無いようなものだった。

行きたい国、行きたい街、行きたい名所、旅の目標・・・そんなものは行く先々で目まぐるしく変わっていく、そんな一人旅。

でも漠然と、先輩がいるケニアには行きたいと思っていた。

ボクが南米大陸を旅している頃、先輩はまだ、福島県にある青年海外協力隊の訓練所にいた。

世界各地の開発途上国に行き、英語、または現地の言葉を使って、その国の発展に役立つコトをするんだから、想像を絶する訓練が行われるんだろう。

当初、南米大陸を旅し終えた後は、飛行機でアフリカ大陸に飛び、ケニアと周辺諸国だけ旅するつもりだった。

それがまぁ色々あって、南アフリカに飛び、そこから東海岸を北上してアフリカ大陸縦断するコトに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先輩には何度か、近況や計画を知らせるEメールを送ったけど、返信はなかった。

訓練中だったコトもあるし、今よりずっとネット環境が悪い10年前の話なので、無理もない。

ボクは、とりあえずケニアを目指して、少しずつアフリカ大陸を北上していた。

そんな時やっと、訓練を終え、これから日本を発つという先輩からメールが届いた。

赴任地は、キタインゴです。

そんな簡潔極まりない一文。

詳細について、再度ボクが送ったメールへの返信はなかった。

まぁケニアに行って、「キタインゴ」って言ってれば何とかなるに違いない。

超前向きで楽観的なボクは、そんな風に思いながら再びケニアを目指した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

タンザニアからケニアに入国したボクは、国境の町でとりあえずその辺の人に話しかけてみた。

キタインゴに行きたい。

数人に尋ねたけど、皆、口を揃えて言う。

知らない。

なんてステキな展開なんだろう。

ボクはめげずに、とりあえずケニアの内陸を目指すコトに。

キタインゴ」という呪文の様な言葉は、ボクを山奥に山奥に導いてくれた。

バスやトラックを乗り継いで着いた「キタインゴ」は、日本人が思い描くアフリカではなかった。

アフリカというより、むしろ信州の様な木々が茂る山奥だった。

その辺に、ひなびた温泉宿でもありそうな。

そこでボクは「キタインゴ」に続く呪文を唱えるコトに。

ニシヤマタイスケ

そう、先輩の名前である。

その呪文を唱えれば、先輩に会えない訳がない。

だってそんな奥地にいる日本人なんて、現地では超有名人に決まってる。

ところが集まった村人たちは、皆、口を揃えて言う。

知らない。

なんてステキな展開なんだろう。

ケニアの山奥で、ボクは妙な興奮を覚えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今になって思えば、先輩の名前が知られてなくても当然。

当時、先輩は赴任したてだった。

さらに先輩が勤める学校は、キタインゴから更に奥の地区だったコト。

それでも会わない訳にはいかない。

いや、会えない訳がない。

色んな人に必死になって尋ねて回り、ボクは、ついに「ニシヤマタイスケ」を知る人物に出会った。

その人がまた別の人に連絡してくれ、そんなこんなで、ついに「キタインゴ」に「ニシヤマタイスケ」がやってきた。

まさに感動の再会だった。

Conv0009キタインゴでの生活については、旅している時に連載していた地方紙にも書いた通り

一生忘れるコトのない貴重な時間を、ケニアの山奥で、先輩と一緒に過ごConv0008した。

ケニアの奥地で、黒人の先生たちに交じって、英語で理科と数学を教える先輩は格好良すぎた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

任期を終えて帰国した先輩は、実家のある大阪で中学教師になった。

あの場所で再会を果たしたボクたちにとって、日本での再会はあまりに容易。

もちろん呪文なんて必要ない。

互いに連絡を取り合い、何度か再会を果たした。

ボクの結婚式にも大阪から駆けつけてくれた。

もはや「縁がない」なんて言わせない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回出席してきたのは、そんな先輩の結婚式。

Conv0006 挙式会場は、神戸空港があるポートアイランドの端。

海の向こうに淡路島や神戸の街が見えた。

国内なのに海外挙式。

Conv0007 永久の愛を誓った直後、隣接した空港から、飛行機が空高く飛んで行った。

何だか先輩らしい、ステキすぎるロケーション、何よりステキな新郎新婦の二人。

スピーチを頼まれていたので、出会いから今日までのコトを話しながら、二人へのお祝いの気持ちを届けた。

ちょっと強引だったけど、ケニアの山奥まで行って掴んだ先輩とボクとの縁。

きっと本当の縁で結ばれた先輩夫婦。

経緯は違うけど、どっちの縁もボクにとって大切な縁。

これからもずっと、ボクにとって尊敬できるデッカイ先輩でいて下さい。

結婚おめでとうございます。

末永くお幸せに。

| | コメント (0)

先輩との縁~前編~

先週末、大学の先輩の結婚式に出席してきた。

「大学の先輩」と言うものの、学科は違うし、趣味もサークルも違うし、接点なんて全くと言って良いほどなかったボクたち。

4年生になるまで、ボクは先輩の存在すら知らなかった。

青森出身のボクと大阪出身の先輩。

二人の間に、元々、縁なんてものはなかったんだと思っている。

どうして結婚式に呼ばれるまでの関係に?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボクと出会うため(?)、諸事情により、同じ4年生として一緒に卒業を目指すコトになった先輩。

卒業単位とは関係ないとある講義に、一人で出席していた4年生のボク。

その講義に、先輩もまた、一人で出席していた。

4~5人の班に分かれて互いに授業をやり合うという講義内容の際、席が近かった先輩とボクは偶然、同じ班に。

それが先輩との出会い。

先輩の授業は、ボクの心に響き、強烈な印象を受けた。

こんなスケールのデカイ男がいるんだ。

こんな先生に教わる子どもは幸せだろうな。

素直に感動したボクは、この先輩を慕い、仲良くしていきたいと勝手に思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、先輩とは構内で会う度に挨拶したり、立ち話をしたり。

でも、それだけの関係。

大学時代なんて、そんな知り合いなら幾らだっていた。

でも、卒業して10年が経った今、連絡を取り合っている人なんて一握り。

学科やサークルが違ってたとなると、本当にわずかである。

てか、今でも連絡を取り合っている先輩なんて他にいない。

先輩とも、そんな学生時代だけの関係になるはずだった。

どうして結婚式に呼ばれるまでの関係に?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

卒業式後のパーティーにて、ボクは先輩と立ち話をした。

当然、卒業後の進路なんかの話になる。

6月から世界一周の旅に出るんです。

青年海外協力隊として、来年からケニアに行くんです。

教育学部なので、多くの人は在学中に教員採用試験を受け、教師への道を選ぶ。

そんな中、まさに異色の二人だった。

じゃあ、オレ、ケニアに行ったら会いに行きますよ!

おぉ、待ってるで!

そんな、ちょっとスケールの大きな社交辞令の様な挨拶で、ボクたちは別れた。

後編へつづく。

| | コメント (0)

2009/09/23

ハード&ソフト~比べちゃいけない~

そんな訳で、ボクのハード&ソフト生活が始まった。

まず快適か快適じゃないかで言うと、明らかに快適じゃない。

つまり不快なのである。

ソフトとハードじゃソフトの方が装着感がなく快適。

裸眼に近いのである。

一方、ハードの方はケアが楽で、酸素の透過率が良く目にも優しい。

装用感はソフトに勝てないけれど、使っているとそのうち慣れる。

ハードは水洗い出来て、大抵の目薬は使える。

ソフトは水洗い出来ず、目薬も専用のものを使わなければならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな性格の違う二種類を、二つの目にそれぞれ使っているのが今のボク。

両目ともハードだった今までは、ハードに何の不満もないし、快適に使えていた。

ところがどっこい、同じ顔のすぐ近くで並ぶ目にそれぞれを使っている今。

明らかにソフトの方が快適なので、今まで何ともなかったハードの方に違和感を感じ始めている。

プルルンとした装用感のソフトには、硬いハードが快適さで勝てる訳がない。

装用感の違う二つのレンズを使ってみて気づいたコト。

疲れる。

眠い。

何だか不快だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボクは無意識に、感覚的に、ハードとソフトを比べていた。

あれ?

両目ともソフトにしちゃおうかな

って、正直、思っている。

9年もボクのために尽くしてきたハードにとっては、とんでもない話。

急に長年寄り添ってきた相方を失った上、これまで通りの仕事にケチをつけられているのだから。

いわゆる大人の都合に振り回されているって訳。

文句あるなら、オレだってどこかに行方をくらましてやる。

左目のハードは、そんな風に思っているに違いない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「比べちゃいけない」

これは子育てだって同じ。

お姉ちゃんは○○だったのに、お兄ちゃんは○○なのに。

○○くんは○○できるのに、アナタは・・・。

ボクは仕事で沢山の子どもを相手にしている。

現実社会は、厳しい競争社会だってコトは知っている。

比べるコトで伸びるコがいるってコトも知っている。

でも、比べちゃいけないコだっている、比べちゃいけない時だってある。

傷つき、不器用で、自分に自信を持てないコに対しては、比べるコトで更に追い込んでしまうコトもある。

ボクは、目の前の子どもを、容易に誰かと「比べない」様にしている。

でも、そのコの「過去」と「今」を「比べて」、成長を認め、褒めるコトなら、よくある。

「比べる」は使い方次第ってコトか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そらちゃんを4年ほど育ててきた。

先月、コウくんが家族に加わった。

娘一人育てるのと、姉弟を育てるのとでは、また違った苦労と楽しさがあるんだろう。

そらちゃんはそらちゃん、コウくんはコウくん。

比べる必要なんてない。

男の子の子育ては大変だって皆言うし、周りを見ていると実感できる。

でも、男4人兄弟の中で育ったボクだ。

しかも頼りになる嫁さん、そらちゃんもいる。

何とかなるに決まってる。

これからも子育てを楽しもう。

ハード&ソフト、色々考えさせてくれてありがとう。

| | コメント (0)

2009/09/21

ハード&ソフト

ハードコンタクトレンズ使用歴が9年になるボク。

それまでは5年くらい、ソフトレンズを使っていた。

でも乱視が強いのと、扱いがいい加減だったので、ソフトレンズは使用禁止だと医者に言い渡された。

もうソフトレンズはダメだよ。

ハードレンズにするかメガネにするかどっち?

じゃあ、ハードで・・・。

きちんとケアしながら使えば6年はもちますよ。

はい、がんばります・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれから9年、いつ限界が来るのかヒヤヒヤしながら使い続けてきた。

すっかりハードレンズユーザーとなったボク。

使い始めた当初こそ、不快極まりなくて気が狂いそうだったハードコンタクトレンズ。

今となっては何も不便だとは感じていない。

ケアだってきちんとやってきた。

2枚で数万円もするし、何より自分の目のために。

何度か落としたコトもあるけど、その度、必死に探し当て、今日まで使い続けてきた。

そう、今日まで・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の夕方の話。

車の中で、ふざけていたそらちゃんの足が一瞬、ボクの目の辺りをかすめた。

直後、視界がぼやけた。

オッとヤバイぞ。

これまで何度も体験してきた、コンタクトが落ちた時の感覚・・・。

右目のコンタクトが落ちた様だ。

こういう時は動いちゃいけない。

落ち着いて、周りを探せば必ず見つかる。

車の中という限られた空間の中、見つからない訳がない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・見つからなかった(´□`。)。

嫁さんも義母も一緒になって探したけど、見つからなかった。

9年間、毎日、朝から晩までボクと一緒だったコンタクト。

別れは突然やってきた・・・(泣)。

「サヨナラ」を言うとホントの別れになるから、「サヨナラ」は言わない・・・

・・・って別れを惜しんでいる場合じゃない!

連休中なので、何とかしないと・・・近所の眼科が休日当番医だと知り、とりあえず行ってみるコトに。

片目にだけコンタクトが入った状態は、ひどく疲れるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事情を話し、とりあえずどうすれば良いか相談してみた。

ハードだと注文になるため、手元に届くのは連休あけになるとのコト。

ダメだ、ボクには時間がない。

今、見えるようになりたいんです!

結局、2週間使い捨てタイプのソフトコンタクトを購入するコトに。

3か月分で4000円。

以前、医者にソフトはダメだって叱られた話をしたけど、診察の結果、別に大丈夫とのコト。

なんだよ・・・。

左目のハードコンタクトはまだまだ使えるので、とりあえず右目の分だけ購入するコトに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在、ボクはソフトコンタクトレンズとハードコンタクトレンズを同時に使っている。

ソフト&ハード。

対称的な二つを使いこなす大人の男。

そんな風に、ボクはこれからなっていけるんだろうか。

てか、片目ずつ別のコンタクトを使っている人なんて、ボク以外にいるんだろうか。

コンタクトレンズユーザー以外にはよく分からないだろうけど、それぞれケアの仕方、使い勝手が全く違う。

保存するケース、洗浄する液も違う。

絶対に面倒くさいに違いない。

右目はソフトコンタクト、左目はハードコンタクト。

決してお勧めはしません・・・。

| | コメント (0)

2009/09/17

ハーフマラソン当日~後編~

バン!

大勢のランナーと共にボクはスタートを切った。

スタートから1キロは下り坂。

沿道には沢山の人たちが立ち、応援してくれている。

そんな祭りの様な雰囲気の中、少し興奮しながら、でもマイペースを保つ様に心がけながら、ボクは走り出した。

前半は無理しないように体力温存・・・とスローペースで走っていたら、次々と追い越していく老若男女のランナーたち。

気にしない気にしない。

その後、折り返し地点までは上り坂中心。

Conv0008 少し平坦、上り上り、一瞬平坦、上り上り・・・八ヶ岳山麓の高原コースは高低差100M以上もある。

正直、素人が初めて挑むコースではない。

その苛酷さに気付いてしまったのは、10キロコースの折り返し地点。

あれ?

20キロって思っていた以上に長いんですね・・・

やばい?

でも往路が上り坂で大変な分、下り中心の復路は楽なはず。

そう信じて止まないボク。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まるで人生を凝縮したかの様なコースだった。

10代や20代前半の頃、ボクは自分自身を理解し、受け入れるコトが出来ず、人生にもがき苦しんだ。

先が見えず、ただただ坂を上っていた気がする。

でもそのおかげで、下り坂とまではいかないけれど、30代になった今のボクは肩の力が抜け、自然体で生きていけている。

青空の下、優しく吹きかかる高原の風。

無数に植えられた緑の高原野菜、風に揺れる黄金の稲穂。

下り坂中心の往路は、周囲を見渡す余裕もあった。

マラソンって最高だ。

走るって美しい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・なんて書こうと思いながら、上り坂中心の往路をひたすら頑張っていたボク。

折り返し地点までは、ボスと壮絶なデッドヒートを繰り返した。

「3キロ走ったら歩く」とか出発前に口にしていたくせに、彼はほぼボクと同じペースで走り続け、2回、追い抜かれた。

彼だけには負けたくない、という思いでボクは必死に走った。

背後に迫るボスの存在におびえ続け、復路の下り坂では、膝が少しずつ痛くなってきた。

膝なんて痛くなる予定は全くなかったのに。

一度、違和感を覚えた膝、あとは痛くなっていくばかり。

復路、特に最後の5キロは、膝の痛みとの闘いだった。

2キロ増えた体重が膝にダメージを与え続ける。

周囲を見渡す余裕があるはずだったのに、痛くてそれどころじゃない。

全身は限界まで疲労し、無駄なコトをする元気は残っていなかった。

マラソンって最高だ。

走るって美しい。

それは、ある程度、練習を積んだランナーのみが語れる感想なんだろう。

そんなコトを想う余裕、ボクには、これっぽっちもなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

入念なシュミレーションを繰り返して挑んだ、人生初の「給水所」。

なんてコトもない。

数キロ毎に設置された「給水所」は、ただただ有難い場所だった。

メタボとか乳首バンソーコーとか、そんなコトを指摘する雰囲気なんて、もちろんない。

歩いてコップに入った水をもらい、飲んだりうがいしたり。

スピードやタイムとは無縁のボクにとって、「給水所」はまるでオアシス。

ボランティアのおじさん、おばさんが迎え、励ましてくれる「給水所」のおかげで、ボクは何度も復活し、ゴールを目指すコトができた。

本当に感謝だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後の5キロは本当にしんどかった。

疲れと痛みで意識は朦朧とし、でもボスには勝ちたい、立ち止まりたくない、そんな思いだけで、ボクはゴールを目指した。

あれ?

なんで走ってるんだっけ?

何度もそう自分に質問しながら。

最後の1キロ、ゴールまでの上り坂。

既に走り終えて歩いて下ってくるランナー、そして沿道の人たちが、ゴリラの様な表情でフラフラと前に進むボクに声援を送ってくれる。

あと少し!

ナイスランです!

全然ナイスランなんかじゃないボクに、そう声をかけてくれるどっかの陸上部員。

純粋に嬉しかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゴール手前、ボクの少し前を走っていた男性の元に、旗を持って駆け寄ってくる二人の女の子。

旗には「お父さん、がんばって」と書かれている。

娘二人と共にゴールする親父の姿を見て、妄想が膨らむボク。

そらちゃん、コウくんの成長した姿を、ボクは、目の前の女の子二人に重ね合わせ、泣きそうになった。

そして・・・ゴール!!!

随分前に走り終えたクボクンが、嬉しそうに待っていてくれた。

待っていてくれる人がいるって、何て素晴らしいんだろう。

一見孤独に思えるマラソンって、応援してくれる人、待っていてくれる人がいるから苦しみに耐えられるんだろう。

一人旅だってそう。

世界の果てで、どんなに寂しい想いをした時も、日本で待っていてくれる人がいたから旅を続けられた。

沢山の人に支えられて生きてきた33年間を、ボクは少し思い返していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、2分遅れでゴールしたボスを、クボクンと二人で迎え入れた。

大学卒業後、「不健康なオッサン×3」に向けて、着々と歩んでいたボクたち。

クボクンが一足先に、そんな不健康人生から抜け出し、そんな姿に刺激を受けた二人。

半年前、「ハーフマラソンに出よう」と誓い合った。

思っていたよりずっとしんどくて、ゴールした時、足はフラフラ、今にも吐きそうだった。

Conv0005それでも素人ながらに練習を重ね、当日を迎え、走りきったコトに意義がある。

なんてステキな体験、そして瞬間だったんだろう。

Conv001030歳を超えて、新たな挑戦をするコト。

確かに甘くはないけれど、苦労しただけの味わいもある。

何より、こんな体験が出来たコト、ボクは幸せに想う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Conv0006 その夜、三人は、松本の駅前で夕方五時から飲んだ、食べた、そして飲んだ。

我慢していたから・・・と肉を、揚げ物を、食べまくった。

散々食べて飲んだ後、ラーメンも食べた。

結果、翌朝には、走る前より更に1キロ増えていたボクの体重。

足の裏の痛みが無くなったらまた走らなきゃな・・・

とりあえず体重を落とさないと、膝が死ぬほど痛くなるコトを学んだボク、そしてボスだった(^_^;)。

Conv0009 ちなみに記録は、2時間13分2秒で109位。

何となく2時間半、何より「完走」を目標にしていたボクには大満足の数字。

よく頑張りました~♪

そうそう、バンソーコーの効果なのか、乳首は無傷です(*^_^*)

| | コメント (7)

2009/09/16

ハーフマラソン当日~前編~

結局、2キロ増えた体重は元に戻らないまま、当日を迎えるコトに。

朝6時起床、ボクはそらちゃんの寝顔に奮起を誓い、会場である茅野市へ。

高校時代、陸上部だったボクは、当時、年に何度も短距離選手として大会に出場した。

20代以降のボクしか知らない人には信じ難いみたいだけど、これは本当。

晴天の下、あの頃の心地良い緊張感を思い出しながら、ボクは車を走らせた。

ちなみに、あの頃よりも体重は7キロ増えている。

更に+2キロなんで9キロだ。

なんかこうやって数字にしてみると、今回の挑戦が改めて無謀な気がしてくる。

いや、そんなコトはない。

大丈夫、そう何度も自分に言い聞かせながら、1時間弱で会場に到着。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第3回八ヶ岳縄文の里マラソン大会

Conv0005 会場である、尖石縄文博物館周辺は、想像していたよりも盛り上がっており、陸上を愛してるっぽい人たちが沢山歩いている。

○○高校や○○大学の陸上部と書かれたジャージを着た人たちも。

Conv0008 服装も雰囲気も完全にアスリートって感じの人もいる。

そういう人はオーラが違う。

でも、こういう時は自信があるフリをして、堂々としていれば良い。

Conv0006 33年間の人生の中で、ボクはそんなコトを学んだ。

よし、堂々と歩こう。

とは言え、気付くと、自分より、お腹が出ている人を探し、そんなオッサンを見つけると目で追っているボク。

完全に挙動不審者である。

傍から見れば、誰がどう見ても、ボクはマラソン素人のオッサンだったに違いない。

いいさいいさ、別にいいさ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現地で合流したクボクンは、完全に別次元の人間になっていた。

Conv0007 格好からして違う。

上から下までマラソンランナー。

身体は学生時代みたいに痩せているのではなく、引き締まっているといった印象。

話を聞くと、当日までの練習量も半端ない。

ほぼ毎日、出勤前に走っているそうだ。

勝負を挑もうと一瞬でも思っていたボクがバカだった。

勝ち目なし。

ボクはそう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1時間遅刻してきたボスは、ボクと同次元といった姿。

外見、オーラ、全てが素人、つまりボクと同じだった。

練習量も似たり寄ったり。

よし、勝てる。

ボスなら勝てるかも。

ボクはそう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ストレッチをして体をほぐした後、ボクたち3人は、乳首にバンソーコーを貼った。

Conv0013 お父さん、おっぱいにバンソーコー貼って、裸ん坊で走ってるかな?

朝起きたそらちゃんの第一声はそんな感じだったらしい。

そらちゃんの頭の中には、「全裸で楽しそうに走るお父さん」がいたに違いない。

うーん、お父さんはなんで、おっぱいにバンソーコーを貼って走るんだろう?

3歳のそらちゃんは、夢の中でも必死に考えたに違いない。

そりゃ気になるよなぁ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お父さん、乳首にバンソーコーを貼って走ってくる。

Conv0009子どもの頃、ある日突然、父に真顔で言われたら・・・。

少年のボクは、父のどんな姿を想像し、どんな態度を取っていたんだろうか。

Conv0010そらちゃん・・・、キミの想像とは少し違うかもしれないけれど、確かに父ちゃんはおっぱいにバンソーコーを貼って走るんだよ。

でも、ふざけてる訳じゃない。

かっこいい父ちゃんになるために・・・これはすごい挑戦なんだ・・・

周りの速そうな人もみんな貼ってるんだよ。

マラソンってそういうもんなんだ。

いつか分かってくれる日がくる、そう信じているよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バン!

スタートの合図と共に、ランナーたちは一斉に走りだした。

心地よい緊張感と高揚感に包まれながらスタートしたボク。

長いのか、あっという間なのか、疲れるのか、そうでもないのか、苦しいのか、楽しいのか、初挑戦のボクには何も分からない。

33歳のボクの未知なる挑戦が始まった。

後編へ。

| | コメント (0)

2009/09/12

ハーフマラソン前日~乳首に・・・~

さて、明日はいよいよハーフマラソン本番。

大学時代の同級生、クボクンとボスと3人で出場する。

今回の大会には3回目の出場となるクボクン。

フルマラソンの完走経験もあり、今回の大会に誘ってくれたのも彼だ。

3人の中で身長が一番高く、何だか長距離に向いてそうな体格の彼。

まぁ勝てないだろう。

一方、ボスはボクと同じくハーフマラソン初出場。

ボクと似たような背格好のボスは、長距離に向いた体形とは言い難い。

メタボとの決別か?!

そんなボクとボスの闘いが、今回のレースの見所になるだろう。

そもそも二人は完走できるのか?

まだまだそんなレベルの二人に、乞うご期待。

ちなみにコースは平坦ではなく、坂ばかりらしい・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、今日、クボクンと電話で話をしたのだけど、衝撃的なコトを聞いた。

長く走ると乳首が擦れて痛くなるので、バンソーコーを貼った方が良い。

長距離界では常識らしい。

随分、体は絞れてきたとは言え、お腹が出てるか出てないかと言えば、まだまだお腹が出てるボク。

そんなボクが乳首にバンソーコーを貼って走るだなんて!

面白すぎではないんだろうか・・・。

何らかのトラブルでTシャツを途中で脱がなければならなくなった場合、ボクは上半身裸、しかも乳首にバンソーコーを貼った姿でゴールしなければならない訳だ。

クボクンのアドバイス通り、素直に乳首にバンソーコーを貼るべきなんだろうか。

お父さん、明日、おっぱいにバンソーコー貼って走るの?

裸んぼうで走るの?

なんで?

そらちゃんは、もう5回以上、そうボクに聞いてきた。

いったい、どんな姿を想像しているんだろうか。

ボクは娘のために、カッコいい父ちゃんでいるべきである。

乳首にバンソーコーを貼って走っても良いのだろうか。

やっぱり一晩、考えさせて欲しい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう一点、心配なコトがある。

今回は一応、ちゃんとした大会なだけあり、給水所がある様だ。

マラソン中継とかで、選手がサッと取って、サッと飲んだり頭からかぶるのを見たコトがある。

ボクには一生縁がないと思っていた、あの「給水所」。

人生初の給水所。

あんなコト、ボクに出来るんだろうか。

そもそも、お腹が出た、しかも乳首にバンソーコーを貼ったオッサンが、偉そうに給水所に立ち寄っても良いんだろうか。

乳首バンソーコーメタボにあげる水はねぇー!

とか言われたらどうしよう。

マラソン中、喉が渇いたら既に遅いらしいので、早めに喉を潤す必要がある・・・本にそう書いてた。

サッと取ってサッと飲む・・・か。

初めてっぽくしてたら恥ずかしいから、自然に、クールに・・・給水所ではそんな振る舞いが必要になるだろう。

一晩、夢の中でシュミレーションしたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん、

アスリートになるって大変だ。

運命のスタートは9時50分・・・

| | コメント (2)

より以前の記事一覧