カテゴリー「旅行・地域」の記事

2011/09/14

モアイはどうやって運ばれた?

前回の記事に対して、「モアイの石はどうやって運ばれた?」ってコメントがあったんで、少し解説しようと思う。

イースター島は、南太平洋、タヒチの東の方にあり、チリ領になる。

奄美諸島にある徳之島の半分程の大きさの火山島。

って言ってもイメージ沸かないとは思うけど、まぁ決して大きな島ではない。

そんな島で、これまで1000体近いモアイが発見されたそうだ。

島の至る所にあるって訳じゃなく、何か所かのエリアに点在してるって感じ。

ボクは、チリの首都サンチアゴから飛行機で行った。

時間とか値段は覚えていないけど、現地で色々と格安チケットを探したんで、そんなバカ高くはなかったはず。

3~4日、滞在したけど、安宿泊まって自炊してたから、まぁ滞在費もそれ相応。

市場で新鮮な魚を買ってきて、刺身で食べたりした気がする。

移動もヒッチハイクとレンタル自転車、そして徒歩。

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Conv0027本題に入ろう。

モアイに使われた石は、イースター島内の山から切りだされたもの。

Conv0025_2山といっても丘の様な高さの岩山で、現在でも、切りだし途中のモアイが残っていたりする。

モアイの採掘工場とか言われてたっけ。

Conv0026そこには20M近い巨大なモアイも。

実際には切りだされなかったみたいだけど、スケールの大きな話だと思わない?

で、問題なのが、こんな巨大な岩の塊をどうやって運んだのか?

普通に考えれば、ピラミッドの石を運んだ様に、丸太を並べてその上を転がして移動すれば良い。

ただ、イースター島は、ほとんど木が生えてはおらず、草原と岩場だらけの島なのである。

今でこそ、街中には植えられていたりしたけど、基本的には丸太に使われる程の大きな木はなかった。

現在、植えられている木はユーカリで、近年、オーストラリアから持ってこられたらしい。

Conv0031イースター島は地球で一番の孤島、つまり、周囲には全く島がない。

遠く離れた他の島から、わざわざ石を運ぶために、木を運んでくるなんて現実的じゃない。

だとすると謎が深まる。

どうやって石を運んだのか。

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Conv0030 たぶん諸説あるんだろうけど、数年前、園の中学生が使っていた国語の教科書に載っていた説明文が実に分かりやすかった。

ボクがモアイ好きだってコトは皆知ってるから、モアイが何かに載っていたら、子どもたちが報告してくれる様になっている(^_^;)

で、その著者が言うには、やはり石は丸太を並べて運ばれたんだ、と。

ただし、他の島から運ばれた木ではなく、イースター島に生えていた木で。

ん?

木がないんでしょ?

理由はこういうコト。

その昔、イースター島にはヤシの木が生い茂っていて、そこの木を切って使った。

ただ、それだけのコト。

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森林伐採などの環境破壊が起き、元々あった木々が無くなってしまったイースター島。

更には、人口爆発による食糧危機に陥り、人が住めなくなってしまったイースター島。

その著者は環境問題に関連させ、イースター島を小さな地球に例え、読者に警鐘を鳴らしていた。

イースター島は地球の縮図、このままでは地球もそうなる・・・と。

かつてのイースター島では、人口に対して十分な食料が生産出来なくなった。

かと言って他から持ってくるコトも出来なかった。

その結果・・・。

現在の地球は、イースター島と同じ道を辿っているのかも・・・って話。

科学的根拠に基づいた説明文だったので、妙な説得力があった。

・・・なんかイースター島とモアイに興味沸きませんか?

Conv0029ちなみに元々、モアイには目が描かれていたんだって。

目力ありますよ~。

ホンモノのモアイ達に会いに、ぜひイースター島へ(笑)

参考文献:安田喜憲「モアイは語るー地球の未来」※教科書のための書き下ろし

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2010/11/02

国宝松本城

先日のハーフマラソン完走後、宣言通り、ボクは暴飲暴食をした。

結果、3キロ太り、その後も律儀に体重をキープしていたため、危機感を覚えたボクは、最近また、夜な夜な走っている。

毎年、体重が増える冬場が勝負だ。

さて、そんなコトはさておき、松本に泊まった翌朝、久々に松本城へ行ってきた。

城好きになってから行くのは初めてだっただけど、さすが国宝。

Conv0054 別名カラス城とも言われる黒いその姿は、すさまじい存在感だった。

説明書きによると、関ヶ原の戦いの頃に出来た松本城は、まさに戦うための城。

平和な時代に出来た、権威を示す城とは違い、まさに実用的な造りになっている。

側面には、弓矢を放つための穴が多く、快適さを求める気なんてさらさらない。

寒い冬場だと、とても耐えられないだろう。

Conv0053 階段も全く実用的ではなく、ひどく急な造りになっている。

他の城の階段も急だったけど、松本城の階段はまるでハシゴみたい。

当時は滑り止めや手すりなんてなかったはずだ。

戦の時、慌てて足を踏み外し、下まで落ちて骨折・・・そんな武士もいたんじゃないかと余計な心配してしまう。

そして異常に幅の広い、城を囲むお堀。

見る角度によっては、湖上に建つ城の様にも見える。

上へ下へ右へ左へ、まるで迷路の様な順路を通り、ボクは城を出た。

Conv0055ふと振り返ると、そこにはすさまじく美しい光景が。

逆さ富士ならぬ、逆さ松本城。

あまりに美しすぎた。

外観も内観も素晴らしい国宝松本城。

何度行っても期待を裏切らない素晴らしい城だと思う。

行ったコトのない方はぜひ一度。

行ったコトがある方もぜひもう一度。

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2010/09/17

団地の風景

ボクが青森県民となったのは、幼稚園年長組から。

それまでは東京都民→茨城県民だった。

ちなみに今は長野県民。

青森県民となったボク、そして両親、弟たちは、弘前市内のとある団地で生活を始めた。

それから今の実家に引っ越すまでの約7年間、過ごした思い出の団地。

この間、弟がもう一人増え、4人兄弟に。

県外出身者も多いため、津軽弁と標準語が飛び交う独特の雰囲気だったその団地。

ちょっとした異文化圏とでも言った感じか。

敷地内には、大学所有のグランドがあり、プールがあり、テニスコートがあり、馬小屋まであった。

その全てが、ボク達にとっての遊び場であり、自由な、狭くて広い世界だった。

交通量も少なく、自然も豊富なその団地は、子育てには最適だったに違いない。

親になった今、改めてその環境の素晴らしさが分かる。

ボクたち4兄弟は、その環境の中で自由に自由に遊び、そして育った。

先月の帰省時、例のごとく、思い出巡りをしたボクは、そんな懐かしの団地に行くコトに。

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Conv0002 当時、4棟あるその団地は、大きな数の棟の方が新しく、内装もそれなりに違っていた。

そんな訳で、ボクたちの住んでいた4棟はそれなりにキレイだったConv0001 はずだけど、20年経った今では、どの棟も似たり寄ったり。

住んでいた家の玄関まで行ってみた。

あの頃と同じ匂いがする。

時を重ねて建物は古くなっているけれど、でも何も変わっていない懐かしい風景。

と思いながらその辺を散歩すると、やっぱり色々が変わっていた。

Conv0005ボクたちが「土手」と呼び、いつも野球をやっていた空き地。

もう野球をやる子どもなんていないんだろう。

普通の「草原」になっていた。

Conv0004 そんな土手の隅に生えている一本の桜の木。

当時、登って遊んだ小さなその木は、とんでもなくデカくなっていた。

こんなデカい木が生えてたら、とても野球なんて出来ないだろう。

まぁあってもなくても、もはや空き地に集まる野球少年なんていないのかも。

野球よりはサッカー・・・そんな時代さえとっくに過ぎ去った今、ボクたちが土手で費やした膨大な時間を、どこでどうやって過ごしているんだろうか。

そんなコトを思いながらボクは辺りを散歩した。

Conv0006 ボクたち兄弟がひたすらにボールを投げ続けた門は、草に覆われていた。

ボールをぶつける子どもがいなくなってから、もう何年経つんだろうか。

この門に向かって、当時、団地に住む誰よりもボールを投げ続けたのは弟の陽介。

「土手」と「門」に育てられた彼は、中学時代、キャッチャーとして東北大会出場を果たした。

彼にとっても、この場所への思い入れは相当なものに違いない。

あまりに思い出が詰まったこの門を眺めていると、何だか訳の分からない涙が溢れてくる。

Conv0007敷地に生えてる木は、その全てが大木となり、上へ上へと伸び続けていた。

この場所で過ごした人にしか理解できないと思うけど、とにかく何か暖かな気持ちになるこの一帯。

でも誰にだって、子ども時代を過ごした思い出の場所ってあるんだろう。

その場所が今でも残っているとしたら、それはきっと幸せなコト。

楽しいコトも辛いコトも沢山あったからこそ、今がある。

いつの日か、土手で育った当時の仲間たちが、この場所に集まってビールでも飲めたら最高かも。

そんなコトを思いながら、ボクは学園町を後にした。

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2010/05/18

ボクを育ててくれた場所と人

茨城県から本州最北の地、青森県弘前市に引っ越した時、ボクは五歳だった。

環境も言葉も人間関係も、全てが激変しただろう本州大移動。

仕事の都合だったとは言え、今となってはそんな一大決心をした両親を単純に凄いと思う。

でも結果的に、弘前が二人の永住の地になりそうだし、縁があったんだろう。

さて、そんなボクが弘前で通っていた幼稚園は「みなみ幼稚園」。

入学前のたった一年間しか通っていないんだけど、ボクは「みなみ幼稚園」が大好きだった。

弟3人も同じ幼稚園に通った。

ただ、その後しばらくして経営する法人が変わり、それに伴って園舎も移設されるコトに。

いつだったか帰省した際、そんなコトも知らずに幼稚園を見に行き、あるはずの場所が更地になっていて愕然とした覚えがある。

思い出の場所がまた一つ無くなった・・・。

そんな寂しい想いをして以来、「みなみ幼稚園」に足を運ぶコトもなくなったボク。

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それからまた随分時が経ち、遠く離れた長野県で結婚し、父親になったボク。

何故か「みなみ幼稚園」の園歌を覚えていて、大人になった今でも時々口ずさんでいた。

みなみようちえんのうた、うたってよ!

娘のそらちゃんからもそんな風にせがまれ、一緒に歌うコトもある。

もちろん正確には覚えていないので、一部分は適当な歌詞に置き換えながら。

みーなみのお庭で花摘もう♪

クローバ、たんぽぽ、ちょうちょもお友達・・・♪

・・・みなみ幼稚園の子どもたち~みなみ幼稚園の子どもたち~♪

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今回の帰省期間中、そんな「みなみ幼稚園」に行ってみようという話に。

絶対に迷惑だって・・・と、もっともな意見の嫁さんは、昼寝中の二人と車内で待つコトに。

まだ当時の先生が何人かいるはず・・・という親父の言葉を信じて、とりあえずボクは親父と二人で行ってみた。

園歌の正確な歌詞だけでも教えてもらえたら良いや。

それ位の気持ちで・・・♪

Conv0025 恐る恐る玄関をくぐったボクは、信じられない様な瞬間を味わった。

あれ?

みんぺ~くん?!

出迎えてくれた副園長さんの第一声である。

ボクの名前が珍しいからかもしれない。

男四人兄弟が印象的だったからかもしれない。

息子四人がお世話になった親父が一緒だったからかもしれない。

それにしてもボクが在園していたのはたった一年間、しかも25年以上も前のコト。

ボクの存在を覚えていてくれていて、しかも名前まで!

感激の瞬間だった。

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ボクはすぐに車に戻り、昼寝していたそらちゃんとコウくんを連れ、再度挨拶した。

少し話をすると、弟たちの名前も全て覚えていてくれた。

同年代の友達のコトまで・・・。

全くスゴイの一言に尽きる。

先生もまた、遠く離れて暮らすボクが、みなみ幼稚園を訪問したコト。

しかも園歌を覚えていて、娘に歌ってあげている、そんな事実に感激してくれた様。

しばし思い出話に花を咲かせた。

その後、新しい園内を案内してもらうコトに。

当然、新しい園舎に入るのは初めてで、建物に昔の面影はないけれど、クラスの名前は昔のまま。

Conv0021ボクが一年だけ過ごした「そら組」もあった。

今となっては、娘の名前が同じってコトに、何だか運命を感じてしまう。

馴染みのない新園舎ではあったけれど、図書室には、昔ボクが気に入って何度も何度も繰り返し読んでもらい、今はそらちゃんのお気に入りになっている絵本があった。

Conv0020感謝の気持ちを込めて、結婚式では両親に贈った大切な絵本でもある。

沢山の子ども達に読まれてきたんだろう。

今でも大人気の絵本らしい。

決してピカピカではないその絵本を手に取ると、涙が出そうな位、あったかな気持ちになってくる。

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Conv0022突然の訪問にも関わらず、親切に温かく出迎えて下さったI先生、本当にありがとうございました。

他、ボクを覚えていてくれた先生方、本当に嬉しかったです。

Conv0027 調子にのって、翌日、弟二人を連れて、忙しい時間帯に再訪問してしまいスイマセン(^_^;)

弟二人も涙が出そうなくらい感激した様で、帰りの車内では思い出話に花を咲かConv0026せました。

あの日、結婚式を挙げた陽介も、翌日行きたがっていたけれど、さすがに3日連続訪問は・・・と今回は自粛しました。

そのうち、ひょっこり嫁さんと二人で顔を出すと思うので、その際はどうぞよろしくお願いします(^-^)

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失ってしまった・・・と思い込んでいた思い出の場所が、まだあったってコト。

自分の幼い頃を支えてくれた方に出会えたってコト。

本当に幸せな気持ちになれた。

今、ボクが就いている「児童養護施設職員」は、少し種類が違うけど、同じく人を育て、フラッと帰って来られる場所を作っていく仕事。

遠く離れた地で、何だか頑張ろうと思えた。

これからも皆に愛されるステキな「みなみ幼稚園」であって欲しいと思う。

Conv0024遠く離れた信州の地で、「みなみ幼稚園」の歌を娘や息子に歌い継ごう。

もちろん正確な歌詞でね(*^_^*)

みなみ~幼稚園の子ども~たち~みなみ~幼稚園の子ども~たち~♪

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2010/03/27

「すごいジャスコ」にはクジラもいる!

国民宿舎での朝、外はあいにくの雨だった。

シロー、親父共に午前中から仕事なので、朝食は一緒に食べられず、一足先に出発。

忙しい中、二人ともホントに「ご苦労さま」、そして「ありがとう」である。

Conv0036 国民宿舎の朝食は実にシンプル。

ホテルの朝食バイキングに慣れたボクにとって、選ばなくて良いシンプルな和食は、それはそれで何だか良い。

胃袋に、心に優しい国民宿舎の朝食、味噌汁が実に美味しかった。

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道の駅でお土産を買って帰ろうかと思ったら、まさかの定休日。

ガーンw(゚o゚)w

フロントに訪ねた所、駅前の商店街でもお土産を買えるとのコト。

あまり期待せずに行った、駅前の「長浜大手門通り商店街」が思いのほか、充実しててビックリ。

美味しい手焼きの煎餅やさんやオルゴール館、雑貨屋が集まった施設・・・などなど、ほんの一部しか見られなかったけど、ゆっくり散策してみたくなる商店街。

お勧めです!

Conv0031 「海洋堂フィギュアミュージアム」なんてのもあって、入場はしなかったけれど売店だけでも十分楽しめる。

表に飾ってある、等身大?ケンシロウが実に良い。

写真は、「ケンシロウの真似をしているそらちゃん」です♪

そんな訳で、長浜を後にし、雨の中、愛知県へ。

目指すは、愛知県の友達が勧めてくれた「イオンモール木曽川キリオ」。

雨音とエンジン音を子守唄に、そらちゃん、コウくんは、しばしオヤスミナサイ・・・♪

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今流行りのショッピングモール、さすがのデカさ、そして品揃えである。

当たり前だけど、飯田のジャスコとはケタが違う。

そらちゃんには、「すごいジャスコ」に連れて行ってあげると説明しといた。

デッカーーーイ!!!

大喜びのそらちゃんである。

そらちゃんのリュックなど、欲しかったものはほとんど揃えられた。

Conv0038 ジブリ専門店では、最近、発売されたという指人形を購入。

トトロに出てくる登場人物、一体200円。

とりあえず両親、サツキ、メイ、大トトロ、ネコバスを購入♪

Conv0039 残すは小トトロ、中トトロ、おばあちゃん、カンタ。

翌日から、ほぼ毎日、そらちゃんとトトロごっこをしているボク。

使って良いのは「父ちゃん」だけだけど(^_^;)

どうせなら全種類買ってしまえば良かったと、今になってちょっと後悔・・・。

これ、トトロ好きには堪らなくないですか???

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ショッピングモールは確かに便利だ、そして楽しい。

でも、とにかく歩き回らなくちゃなんで疲れる。

子どもを抱っこしたり、おんぶしたりしなきゃなんで父ちゃんクタクタ。

そこで発見したのが、プレイコーナー。

平日だったので、300円でフリータイム、遊び放題。

Conv0030しかも、琵琶湖で発見出来なかったクジラまでいる~(*^_^*)

色んなオモチャがあるし、ボールプールや滑り台があるConv0034し、ドレスなんかも貸してくれるんで、とにかくそらちゃん大興奮!

・・・と、子どものためだけを考えた、大人は疲れる施設と思いきや、何と高級マッサージチェアもあるじゃない!

Conv0033_2 300円でマッサージチェア使い放題♪

なんて気の利いた施設なんだろう。

Conv0032_2そらちゃんは思う存分遊び、父ちゃんは思う存分マッサージ、嫁さんは買い物、コウくんは昼寝・・・

うーん、ステキすぎる(*^_^*)

利用客の多い休日だとこんな優雅な使い方が出来ないみたいなんで、平日に来れるなら・・・お勧めです!

・・・と、そんな訳で、0歳のコウくんを連れた初めての一泊旅行。

前半はガーンな展開でどうなるコトかと思ったけど、楽しい旅行になりましたとさ♪

父ちゃん、運転おつかれさまー(*^_^*)

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2010/03/26

歴女育成計画、そして国民宿舎

110分の渋滞表示でガーンな空気な車内。

まぁ焦っても仕方ない・・・と完全に諦めムードになっていた。

そしたらそしたら・・・少しずつ渋滞が緩和され始めてきたではないか~ヽ(´▽`)/

結局、奇跡の渋滞脱出を果たし、4時半に彦根城着。

さすが国宝だからなのか、連休最終日だからなのか、ひこにゃんパワーなのか、よく分からないけどかなりの賑わい。

閉園ギリギリでそうなんだから、日中はもっとすごかったに違いない。

Conv0007 なんちゃら櫓とか色々公開されていたけれど、とりあえず天守閣を目指すコトに。

歩き疲れたそらちゃんはボクが肩車し、駆け足で。

ここまで来て天守閣に入れなかったら、それこそガーンw(゚o゚)w・・・だから。

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Conv0025おぉ~~~。

天守閣が最初に視界に入った瞬間、ボクは妙にテンションが上がってしまう。

同じく興奮した城好き男たちの撮影タイムが始まった。

Conv0005色んなパターンでの記念撮影も。

よく分からないままテンションを上げられ、何カットもポーズをしてくれるそらちゃん。

きっと日本一、城の前で嬉しそうにしてる4歳児だったに違いない。

Conv0006 コウくんは・・・というと、もちろんテンションが上がる訳もなく、琵琶湖同様、ママの背中でポカーンとしていた(゚ー゚;

そりゃそうだ。

キミもいつか分かるさ、城の魅力が♪

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Conv0029 天守閣の中はまさかの行列状態。

城の中で行列に並んだのなんて初めてのコト。

Conv0008まぁ行列が出来る設定で作られた訳じゃないから仕方ない。

階段なんて狭くて急、バリアフリーの間逆である。

必死に階段を上り下りするそらちゃんだった。

Conv0026 散々並んだ割に最上階からの開放感、景色はイマイチでちょっと残念。

ベランダ?的なスペースもなかったし。

同じ国宝の犬山城、松本城からの景色は絶景だからなぁ。

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Conv0012 今回は時間もなく子連れだったので、ゆっくりと観光出来なかった彦根城。

天守閣こそ小ぶりながら、石垣や城全体の雰囲気はさすが国宝。

Conv0014桜の時期にはさぞステキに違いない。

いつかまたゆっくり観光したいもんだ。

ちなみに城を後にしたそらちゃんに感想を聞いたとこConv0017ろ・・・

おもしろくなかった・・・(・_・)

そりゃそうだ(^_^;)

Conv0013ひこにゃんにも会えなかったしね。

ちなみにこの写真は、「昔のおっぱいを吸おうとしてるそらちゃん」である。

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Conv0016彦根城を後にし、長浜にある国民宿舎「豊公荘」に移動。

着いてビックリ、すぐ近くに長浜城がドーン。

Conv0027_2昭和55年に作られた鉄筋コンクリート作りの城型博物館なので、城的に はさほど惹かれないけれど、この立地はなかなかステキ。

そして何より久々だったのが「国民宿舎」。

最近は旅行と言えば、宿泊費や合理性を考えて大手ビジネスホテルばかりだったボク。

でも子どもの頃の旅行と言えば、キャンプ場か国民宿舎が定番だった♪

Conv0018昔も今も、ボクの親父は「国民宿舎」という響きに安心するみたい。

何かとサービスが良くてキレイで合理的な宿泊に慣れていただけに、久々の国民宿舎は何だか逆に新鮮。

和室の部屋に入った時、「あれ?!」って感じだったそらちゃん。

Conv0020ベッドがある部屋を期待していたみたい(*^_^*)

それでも部屋の中に押入れがあったり、子ども用の浴衣を貸してくれたり、大浴場まで移Conv0023動したり・・・が嬉しそうなそらちゃんだった。

何より、久々に会えたじいじや急に会いに来てくれたおじちゃんと一緒に過ごした時間が楽しかったみたい。

一緒に茶色い温泉に入ったコト。

Conv0021美味しい夕飯を一緒に食べたコト。

夕食後に部屋でお菓子やアイスを食べたコト。

帰り際には「ベッドのお部屋が良かったなぁ・・・」って、ボソッと口にしてたけど(^_^;)

Conv0019 コウくんもまた、何だか分からないけど、じいじやおじちゃんに可愛がってもらって嬉しそうだった。

個人的には、夕飯に出てきた近江牛が絶品だった。

Conv0024宿泊費から何かと甘えさせてくれた親父、ありがとう。

急な誘いにのって会いにきてくれたシロー、ありがとう。

家族での楽しい思い出がまた一つ増えました♪

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琵琶湖のクジラ~ガーンな展開~

先日、家族で琵琶湖に行き、彦根市に宿泊・・・そんな小旅行をしてきた。

『今回の旅行の目的』

① じいじと孫の交流。京都まで出張で出て来る親父と会うコト。

② 琵琶湖観光。そしてスワンボートにそらちゃんと乗るコト。

③ 国宝の彦根城を観光するコト。

④ 帰りに愛知のショピングモールに寄って買い物するコト。

そらちゃんには、「ビワコ」っていう、海みたいに大きな湖と、「オシロ」っていうオカムラさんの大きな家に行くんだって説明した。

それなりに解釈した『そらちゃんの目標』。

① 「ビワコ」でクジラを探してお口の中に入るコト。

② クジラの背中からヒューって水と一緒に出てくるコト。

③ タコを探すコト。

クジラとタコかぁ・・・たぶんいるんじゃないかな・・・行ったコトないから分からないけど・・・。

ボクはそう答えておいた。

子どもの夢は壊さない方がきっと良い。

Dreams come true!!!

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岐阜羽島まで新幹線で来た親父と合流し、一路、琵琶湖観光の拠点、大津市へ。

到着前、大阪在住の弟シローに連絡してみた。

急きょ、大津で合流し、彦根城を一緒に観光、そのまま宿泊するコトに。

大津市は湖畔に大きな商業施設なんかあって、そこで昼食。

Conv0001 目の前に広がる大きな「ビワコ」にテンションが上がるそらちゃん。

昼食後、湖畔に行ってみるものの、スワンボートが見当たらない。

おそるおそる地元の人に訪ねてみると、スワンボートはもちろん足こぎボConv0002 ートは琵琶湖にはないとのコト。

あぁいうのは今、流行らないからねぇ。

・・・だって(^_^;)

Conv0004 「湖=スワンボート」だったボク・・・ガーンw(゚o゚)w

普通の手こぎボートが何艘かあったけど、強風で危険な感じ・・・。

遊覧船も日程的に難しい感じなので、そらちゃんには適当に説明。

クジラはいないし、タコはいないし、ボートにも乗れないし・・・そらちゃん、ガーンw(゚o゚)w

ビワコ来たのに何もしないの???

実に的を得た疑問である。

挙句の果てに走って転んで泣けてしまったそらちゃん。

ファイト~!

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消化不良な感じの琵琶湖観光を終えたボクたちは、大津駅でシローと合流。

一路、国宝彦根城へ。

「オシロはがすごい」って以前から話していたので、それなりに楽しみにしているそらちゃん。

最近、城にハマっているボクとシロー、そして数十年ぶりに彦根城に行くという親父。

全く城に関心のない嫁さん、そしてコウくん。

そんな一同を乗せたボクは順調に車を走らせ、4時過ぎには到着♪

・・・の予定が、まさかの渋滞発生!!!

3時過ぎの時点で、「渋滞110分」という電光掲示。

彦根インターまでは10キロちょっとなのに~(^_^;)

彦根城には5時までに到着しないと入場できない。

なになに?

このイケてない展開???

一同、ガーンw(゚o゚)w

・・・になっちゃう?!

一番ガーンw(゚o゚)w・・・なのは、わざわざ彦根城を見るために大阪から出てきたシロー。

つづく・・・?

つづかない・・・?!

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2009/06/14

善光寺とボク

もう先月の話になるけど、善光寺の「ご開帳」に行ってきた。

県外の人にどこまで認知されているのか分からないけど、宗派を問わず全ての信仰者を受け入れる善光寺

「ご開帳」とは、そんな善光寺で7年に一度、行われるすごい儀式。

期間中にはGWがあるので、その経済効果もかなり大きい。

本堂に安置される「御本尊一光三尊阿弥陀如来」は、654年以来の秘仏。

何と今から1355年も前に安置されたのである。

「ご開帳」では、そんなすごい阿弥陀如来を拝める・・・と思いきや、そうではない。

Conv0012鎌倉時代、その身代わりに造られたという「前立本尊」を、7年に一度拝める・・・そんな儀式なのである。

読んで字のごとく、本物の身代わりとして「前に立っている」本尊。

Conv0003本尊には3体の阿弥陀如来がいて、その中央に立っている阿弥陀如来の右手に結ばれた紐は「回向柱(えこうばしら)」という大きな柱につながっている。

そこまで間接的で大丈夫?とつい思ってしまうが、この回向柱を触り、祈りを捧げるため、人々は長蛇の列に並ぶ。

しかも、ボクが行った日は、2か月間近く実施されていた「ご開帳」の最後の週末。

Conv0015そりゃもう驚異的な行列だった。

4~5時間以上は並ぶ必要があるだろう。

いくら7年に一度とは言え、日本人の行列好き、いや、信仰心には驚かされる。

善光寺すごい、ご開帳すごい、信仰心すごい、日本人すごい。

Conv0011 ちなみに、池には沢山の亀さんが泳いでいるんだけど、そんな亀さんたちまでも何故か並んでいた。

さすが善光寺に生きる亀さんたちである。

しっかり空気を読んでいた?!

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さて、罰当たりなボクは、長蛇の列の先にある回向柱の数メートル近くまで歩み寄った。

もちろん警備員がいるので、脇から入り込んで触るなんて不可能。

てか、そんなコトをしようものなら、何時間も並んでやっと触った人たちに張り倒されてしまうだろう。

Conv0002_2そこで、ひらめいたのがエア回向柱・・・

エアギター的なノリで触った気分になろう、という何ともおバカなひらめきである。

でも写真を見ると触ってるように見えませんか?

ハイ、無理がありました。

善光寺の皆さん、すいません。

日程的にどうしても列に並ぶ時間が取れなかったので、回向柱には「直接」触れず、今回は本堂へのお参りだけするコトに。

回向柱には触れられなかったけど、真剣に祈りを捧げてきました。

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ちなみに学生時代、善光寺最寄の教育学部に通っていたボク。

アパートも善光寺から徒歩3分の場所で、善光寺はまさに身近な存在だった。

よく散歩もしたし、遠方から友達が遊びにくると一緒にお参りにも行った。

宿坊でアルバイトをしていたので、多くの参拝者とも出会った。

あまりに身近な存在で、どれだけすごい寺なのかも理解していなかった学生時代。

前々回のご開帳、ボクはアルバイトとして儀式に参加した経験を持つ。

Conv0014何だかよく分からないまま白装束に身を包み、烏帽子を被り、仏具を持って界隈を練り歩いた後、回向柱の前に列を作るお坊さんの後に続いた。

お坊さんの後ろで赤い傘を持って立ち、厳かな儀式を見守るボク。

道端のお婆ちゃんは、ボクに向かって手を合わせ、祈りを捧げていた。

「若いのに偉いね」と、ボクのコトを完全に修行僧だと思い込むお婆ちゃんもいた。

出来る限り穏やかな表情で、お婆ちゃん達の夢を壊さぬよう努力してみたボク。

今思うとすごい場所ですごいコトをしたもんだ。

善光寺・・・色々な意味で大きな寺である。

次のご開帳は7年後・・・40歳を迎えるボク、少しは大きな男になれていたら幸せである。

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2009/04/19

初めての二人旅~天竜峡~

夜勤2連チャンあけの土曜日。

二晩続くと、さすがに眠い眠い、あぁ眠いって感じ(^_^;)

嫁さんは日勤なので、そらちゃんは朝から保育園。

静かな我が家で、しばしオヤスミナサイ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数時間後、せっかくの土曜日だし・・・と思い、予定より早く保育園に。

勤務中は子どもたちにとって最高の職員、帰宅後はそらちゃんにとって最高の父ちゃん。

そうでありたいし、そうでなければいけないと思っている。

お昼寝から起きたばかり、寝ぼけ顔のそらちゃんと合流したものの、さてどうしよう・・・。

そうだ。

電車に乗ろう。

地方に住んでいると、驚くほど電車を利用しない。

特にここ飯田市は、JR飯田線が一本通っているだけで、自家用車があると電車を利用する機会なんてほとんどない。

飯田線を利用しているのは、おじいちゃん、おばあちゃん、そして学生がほとんど。

とは言え、我が家からは飯田線が走る鉄橋が見え、そらちゃんにとって、電車は憧れの乗り物。

これから電車に乗る?って聞くと、案の定、大喜びだった。

ネットで時間を調べ、自宅から車で10分ほどの「伊那八幡駅」へ。

駅に到着すると、時間を調べ間違えていたコトが発覚。

次の電車は40分後・・・。

地方の電車は、1時間に一本が基本である。

Conv0002 そこで、そらちゃんリクエストのミスドへ。

視線の先に並ぶドーナツ達に、興奮するそらちゃん。

それにしても、100円じゃない日に来たのは久しぶり(^_^;)

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で、今度は飯田駅に向かうものの、道路が予想外に込んでいる。

ん?

やばい?

駅到着後、そらちゃんを抱えて必死に走るが、間に合わず、目の前で走り去って行く電車・・・(+o+)

ヒョエェ~~~~。

相変わらずな父ちゃんで申し訳ない。

昔から、計画性はあるけれど確実性はないボクである。

Conv0003でも、こうなったら絶対電車に乗ってやる!

再度、伊那八幡駅に移動し、ドーナツを食べながら待つコト30分。

しばし、無人駅で二人っきりの時間を過ごす。

そんな時間も悪くなかった。

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Conv0006一両だけで走る電車に乗車したのは、夕方5時過ぎ。

とは言え、伊那八幡から目的地の天竜峡駅までは5駅しかない。

たった「13分」で着いてしまう。

車で行けばすぐ着くんだけど、電車で行くコトに意義がある。

Conv0004その「13分」の間にトンネルを一つくぐり、駅に何度か止まり、乗客の乗り降りがある。

車掌さんだって歩いてくるし、運転席だって見学し放題。

そして、天竜川や南アルプスが流れゆく車窓からの景色。

散歩中の犬、天竜川に入って釣りをするおじさん、庭で遊ぶ子ども、面白い看板・・・。

きっとそらちゃんにとっては、刺激的な13分間だったに違いない。

Conv0007そんな電車の旅を満喫できて、片道なんと200円(そらちゃんは無料)。

なかなか贅沢な小旅行である。

13分後に到着した天竜峡。

かつて栄えた昭和の観光地といった趣きの駅前は、正直、今は活気がない。

Conv0008お土産屋さんも風情があると言えばあるし、入りにくいと言えば入りにくい。

駅前にあった大きな観光ホテルは何年か前に廃業し、いつの間にかさら地になっていた。

でもボクはそんな「古き良き時代」を感じる天竜峡が、初めて訪れた時から好きだ。

Conv0009橋の上から見下ろす渓谷の美しい景色。

渓谷の底を流れる深緑色の天竜川は、季節ごと、様々な表情を見せてくれる。

人間が渓谷の周りを勝手に開発し、栄え、かつて多くの観光客を集めた天竜峡。

時が過ぎ、観光客が集まらなくなり、時代に取り残されて衰退していった天竜峡。

でも、天竜峡の美しさは、きっと昔から何も変わっていない。

渓谷を下る舟下り。

何通りかの散歩コース。

ラドン含有量が全国有数だという、上質な温泉。

美味しい湧水。

渓谷にかかる吊り橋。

派手さはないけど、魅力に溢れた観光地だと、ボクは思う。

Conv0013そんな天竜峡を再生させようという、新たな息吹が随所で感じられた。

駅と天竜川の間には、新たに公園が建設されている。

天竜川を見下ろす位置には、今月一日に足湯施設がオープンしていた。

Conv0012舟下りの「舟」をモチーフにした湯船が面白い。

「本日の営業終了」で入れなかったのが残念だったけど。

Conv0010また来たくなる・・・。

ボクにとっての天竜峡はそんな場所。

次回は、ラーメンが美味いと評判の食堂でお昼を食べようかな。

ガンバレ、天竜峡。

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Conv0014これ、きれいだからママにお土産・・・と、そらちゃんは気に入った石を拾ってカバンに入れていた。

赤い三角の石は、イチゴの匂いがするらしい。

一緒に来れなかった大切な人の喜ぶ顔を思い浮かべながら、お土産を選ぶ。

それもまた旅の醍醐味だ。

天竜峡での滞在時間は45分。

あっという間の45分だったけど、ちょうど良い45分だった。

45分といえば、そらちゃんとの45分を思い出す。

あれからお互いに成長したもんだ。

そんな2年前の45分を思い出しながら、13分の電車の旅を終え、ボクたちは帰宅。

日が沈む直前だった。

ボクは、電車に乗って「ピクニック」に行って来たんだと、嫁さんに報告した。

「そうそう」と相槌を打ち、体験したコトを嬉しそうに報告するそらちゃん。

少し強引だったけど行って良かったと、ボクは思った。

そらちゃんとは、人生初の二人旅。

一緒に旅が出来る、そんな父と娘でいたいものだ。

片道13分の旅だって良いからさ。

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嫁さんが席を立った時、そらちゃんが真顔で聞いてきた。

Conv0011ねぇ、お父さん。

ピクニックってどこだっけ?

そんなトコも行ったっけ???

・・・愛らしい娘である。

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2009/04/05

関西ウォーカー

先月末、大阪・奈良に行ってきた。

メインは後輩の結婚式への出席だけど、せっかくだから・・・と、2泊3日、スケジュールをビッシリ入れるコトに。

初日の夜、たまたま大阪出張で来ていた親父、大阪在住の三男、四男+四男の彼女と、難波で合流。

大阪在住の二男は、翌日の東京マラソンに出場するため、すれ違い。

そんな訳で、たらふく飲む。

Conv0013 飲む。

飲む。

飲む。

翌日、仕事がある四男の彼女は早々と切り上げ、帰宅。

賢明な判断である。

飲む。

飲む。

飲む。

・・・イタリアンのお店でワインのフルボトルを10本も頼む客、そう多くはいないだろう。

いくら親父銀行が一緒だからって・・・弟たちの酔っ払いぷり、飲み食いの勢いに、つい冷静になってしまう32歳の長男。

結果、親父銀行だけでは支払い不可となり、長男銀行も出動し、会計を乗り切る。

弟二人は気持ち良さそうに笑っていた。

昨年、還暦を迎えた親父はここで離脱、ホテルへ。

弟たちは笑う。

笑う。

笑う。

笑う。

時々、叫ぶ。

兄弟三人だけで次へ行くものの、席につくなり、寝始める弟二人・・・。

一口食べて寝る。

一口飲んで寝る。

寝る。

寝る。

寝る。

コラっ!

何杯飲んだか、何を飲んだか、何時まで飲んだか、もはや覚えていない。

弟二人は、笑いながら夜の街に消えていった。

オヤスミナサイ・・・

同じホテルに泊まった親父とボクは、翌朝、揃って寝坊。

頭がボサボサの二人、朝食時間にはギリギリ間に合った。

こんな親父が、弟たちが、ボクは好きだ。

かつて10年間くらい、一つ屋根の下に、こんな男たちが一緒に住んでいたと思うと、ちょっとした感動を覚える。

で、こんな男たちをまとめあげていた母には、改めて敬意を表する。

今さらながら、ご苦労さま、そして、ありがとう。

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親父と息子。

朝食後は、健康指向の二人のニーズが一致し、ひたすら歩く。

Conv0007歩く。

歩く。

歩く。

Conv0006スーツケースをゴロゴロ転がしながら、大阪の裏路地をあれだけ歩きまくる親子、そう多くはいないだろう。

離れて暮らす親父と会える機会は多くなく、ましてや二人だけで会うなんて、今となっては貴重な機会。

Conv0010ボクは「息子」に徹するコトを決め、ただただ親父について行った。

全ての問いかけに「任せる」と応え、親父の背中を追い続けたボク。

親父は地図を片手に、気になった寺を目指す。

難波→道頓堀→法善寺→四天王寺。

Conv0011たこ焼きもお好み焼きも串揚げも食べず、道頓堀は素通りし、寺と路地裏を歩きまくった数時間。

久々に過ごせた、父と息子との一時。

ボクもいつか、大きくなったそらちゃんとそんな時間を過ごしたいと思った。

どこに行きたい?

お父さんの行きたいトコで良いよ♪

・・・最高だ。

親父、息子でゴメン。

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最後に、大阪の街を歩いて気になったコト。

花粉症が大変な時期でマスク姿のボク。

そんなボクがくしゃみばかりしているのに、大阪の人はマスクをしていない。

どうしてだろう。

Conv0012 そして、大阪のおばちゃんが乗っている自転車には、必ずと言って良いくらい、ひったくり防止のかごカバー、そして傘立てマシーン?が装着されている。

この春から大阪に住む人がいたら、自転車にその2点を取り付けるコトをお勧めします。

これであなたも大阪人?!

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