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2008/11/02

職員旅行~知覧の昔に想いを馳せて・・・編~

天気にハラハラさせられた旅行初日の熊本、阿蘇。

一番晴れて欲しい時、場所がそんな感じだったのに、2日目、3日目の降水確率は「0パーセント」

まぁそんなもんだ。

見事な秋晴れの下、九州道を南下し、一気に本日の目的地、鹿児島県南九州市、知覧を目指す。

移動はミニバンタイプのレンタカー。

今回は、行程上、熊本空港で借り、鹿児島空港で返す計画。

通常なら「乗り捨て」扱いとして割高になる所、色々調べて発見した最安の会社「スカイレンタカー」。

キャンペーン期間中のため、乗り捨て料金もかからず、基本料金も相場より1万円近く安く借りられた。

もちろんサービスや車に何の問題もない。

九州でレンタカーを使うなら、お勧めです♪

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熊本南部、信州みたいな山間部を抜け、鹿児島県へ。

その昔、ヒッチハイクで鹿児島港まで行き、そこからフェリーで沖縄へ渡ったコトがある。

人生最初で最後?、「その道の方」が運転する黒塗りの高級車に乗せてもらった・・・というエピソードを、ふと思い出す。

(車と運転手の方の外見にビビリまくり、必死に車内を和ませようと会話するボク)

運転手:ほぉ長野県から来たんか。

運転手:長野県にはワシも行ったコトがある。

運転手:軽井沢だったかな・・・。

ボク:そうなんですか?観光か何かですか?

運転手:逃走じゃ・・・

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あれから10年以上経ち、今回は自分でハンドルを握って車を走らせている。

立派になったもんだ。

そんな訳で、人生二度目の鹿児島県。

左に桜島を眺めながら、鹿児島市を通過し、指宿(いぶすき)スカイラインの展望場所にて休憩。

Conv200810310001遠くに桜島を見下ろす景色が、何とも素晴らしい。

海の上にある山・・・あるようであまりない風景だと、ボクは思う。

明日にはその風景の中にいるんだって思うと・・・堪らない。

最終日は、桜島に渡る予定である。

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スカイラインを抜け、のどかな田舎道を走ると、間もなく知覧町に到着。

特攻隊の基地があった場所として、悲しい歴史を持つ町。

鹿児島に行くなら外せない町、個人的にも行ってみたい場所の一つだった。

薩摩の小京都とも言われ、武家屋敷や庭園が残るコトでも知られている知覧町。

大きな空の下、町中に水路があり、そこにはきれいな水が流れ、沢山の鯉が泳いでいる。

悲しい歴史さえなければ、何も知らなければ、実に平和で静かで穏やかな町。

いや、沢山の悲しい別れを経験したからこそ、現在の町の雰囲気なのかもしれない。

Conv200810310004 印象的なのが、町中の道路脇に建つ灯篭。

新しいもの、古いもの、無数の灯篭が静かに立ち並んでいる。

それらは、特攻隊として戦死した兵士の数だけあるそうだ。

自然と厳粛な雰囲気になる車内。

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そして、知覧特攻平和会館へ。

館内には、特攻隊に関連する資料、そして特攻隊員として戦死した方々の写真、家族や恋人へ宛てた手紙などが無数に展示されている。

Conv200810310003何も考えず、何も感じずに眺めれば、単なる沢山の「展示物」であり「資料」なのかもしれない。

死を覚悟し、愛する人たちへ宛てた最後の手紙、そこに綴られた言葉の数々。

全てに目を通せない位、ものすごい量。

それらは「死」を覚悟した人が想いを綴った「遺書」。

そうか「遺書」なんだ。

本物の「遺書」を目の前にし、読む機会なんてそうあるもんじゃない。

特攻隊員のほとんどが、10代後半から20代の夢や希望に溢れた若者たち。

当たり前の様に、家族や恋人や友達がいた若者たち。

ボクらと何ら変わらない。

違うのは彼らが生まれ育った「時代」だけ。

笑顔の人もいれば、キリッとした顔の人もいる。

まだまだあどけない表情の少年もいる。

写真が撮影されていたその時、彼らは確かに生きていた。

そんな当たり前のコトが脳裏をよぎる。

彼らの年齢より少しだけ上回っていて、一人娘の父親という立場のボク。

もし自分が、死を覚悟したら、誰を想い、どうやって文章に表すというんだろう。

重い爆弾と片道分の燃料を積んだ飛行機に乗って飛び立つ明日の現実を、どう受け入れるんだろう。

とても自分には受け入れられない。

卑怯者や弱虫と言われたって良い、ボクは生きたいと願うに違いない。

Conv200810310002

目立たない様に半地下構造となった三角の小屋の中、薄暗い中で、彼らは「明日」のコトを考え、想いを文章にした。

想像しただけで、無念で切なくて心が張り裂けそうになった。

ボロボロと涙が溢れてくる。

キレイごとや美談で済ませちゃいけない。

戦争という悲劇の下、無念で仕方なかった人が沢山いたコトだろう。

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Conv200810310005とても整理しきれない過去の現実を胸に、平和記念館を後にし、車で5分ほど離れた場所にある「ホタル館冨屋食堂」へ。

特攻隊員たちの母として有名な「トメおばさん」の食堂が、資料館として再現されたその場所でもまた、ボクは涙を流した。

遠い昔のコトではなく、つい六十数年前に日本で起きた現実だってコトを、ボクたちは忘れちゃいけないと思う。

そして現在も、地球のあちこちで、同じ様な悲劇が起きているコトを、ボクは静かに想った。

世界に平和が訪れますように。

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Conv200810310006

その後、徒歩ですぐの武家屋敷群を歩き、庭園を見て回った。

青い空と緑の庭園、大小の石、立派な日本家屋が素晴らしい。

一般公開された家屋や庭もあれば、今も実際に人が生活している家もある。

Conv200810310007 それぞれの違いや本当の奥深さは理解出来ないけれど、心を沈め、整理するには良い時間だった。

でも何より、2時を過ぎ、お腹がすいていた。

「美」を理解するためには、とりあえず知識と充足感が必要なようだ。

武家屋敷群を一通り見て回った後、遅い昼食をとるコトに。

Conv200810310008 調べておいた店に行き、炭を練りこんだという「炭カレー」「炭うどん」を注文。

強烈な見た目に反して味は優しく、普通に美味しかった。

食事後、篤姫ゆかりの地でもある「今泉」を経由し、宿泊地指宿(いぶすき)を目指すコトに。

つづく・・・。

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