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2007/06/11

マンゴー

「マンゴーが100円だったから買ってみたよ」

嫁さんのそんな一言でボクは思い出した。

あの国とあの村のコトを・・・

2000年1月、南アフリカからモザンビークへと越境手続きをしていたボクに、一人の黒人青年が日本語で話しかけてきた。

ニホンジンですか?

ワタシ、ニホンゴならってます。

ワタシのイエにあそびにきてください。

国境警察官として働くと言うフェリックスは、住所が書かれた紙切れをボクにくれた。

数日後、彼が書いてくれた住所を訪ねてみるコトに。

日本語で話しかけてくる現地人は基本的に怪しい・・・という旅の鉄則がある。

でも、良い人か悪い人か見分ける力は、長旅をしている中で自然と身に付いていた。

Conv0009_5 首都マプトの古いマンションに住む彼は、何の下心もなく、実に優しく誠実だった。

一般モザンビーク人宅への訪問は、実に貴重な経験だったと思う。

その後の経過をここで細かく書かないけれど、要約すると・・・

彼は、日本語を教えてくれている日本人女性を紹介してくれるコトに。

彼女は、モザンビークに学校を作ったりする活動をしてるのだ・・・と。

モザンビーク人と結婚している彼女宅には、何度も強盗が入ったけれど、モザンビークが好きで離れられない。

長い間、内戦で苦しみ続けたモザンビーク人を憎むコトはできない。

そんな言葉が印象的だった。

彼女は、学校とそこで働いているという仲間を紹介してくれた。

一日かけてバスでモザンビーク北部の街に移動。

内戦で苦しめられたその国では、手がない人、足がない人、その他、沢山の傷ついた人と出会った。

地雷で出来たという大きな穴が、何度かバスの車窓から見えた。

そんな傷ついた国を北上し、住所を頼りに、郊外のとある村で暮らす仲間の女性宅を尋ねた。

自分たちが作ったという学校の経営をサポートしながら、彼女はその村で生活している。

かなり貧しい世帯ばかりが暮らすその村だけど、人々は明るく、生き生きしていた。

子ども達は素直で人懐っこい。

Conv0007_6その村の名前は「マンゴー村」。

天然のマンゴー林にあるその村では、マンゴー食べ放題。

子ども達のおやつはもちろんマンゴー。

ボクもマンゴー以外に何を食べたのか、記憶にないほど。

一生のうち、あれ程マンゴーばかりの日々は、きっとあの数日間が最初で最後に違いない。

マンゴーって日本で高価だってコトは、帰国後に知った。

別れの前日、仲良くなったおじちゃんに写真を撮りたいと告げると、明日まで待ってくれ・・・と。

Conv0008_6 翌日、おじちゃんは、自慢の自転車に乗って駆けつけてくれた。

精一杯のおしゃれをしてボクを見送ってくれた。

これを持っていけ・・・と差し出された紙袋の中には、マンゴーが3個。

きっと選りすぐりのマンゴーだったに違いない。

ボクが旅した数ヵ月後、モザンビークは記録的な大雨で、多くの町や村が水没し、多くの人が亡くなった。

本当に悲しく皮肉なニュースだと、ボクは感じた。

でも傷ついてきたからこそ、彼らは、幸せな時に心からの笑顔を浮かべていた。

不思議な縁でたどり着き、数日間過ごしたマンゴー村の皆は、今も明るく日々を暮らしているんだろうか。

「マンゴー」という言葉から、ふと、沢山の笑顔を思い出した。

久々のマンゴー、味わって食べよう。

フィリピン産だけど・・・。

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